事件名:損害賠償請求事件
裁判所:神戸地方裁判所
判決日:平成7年10月4日
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マンション名:北須磨団地D1棟 | |||||
事件番号 | : | 平成7年(ワ)第619号 | 事件名 | : | 損害賠償請求事件 |
裁判所 |
: | 神戸地方裁判所 | 判決日 | : | 平成7年10月4日 |
掲載文献 | : | 判例時報1569号89頁 |
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判示事項 | : | 建物区分所有者全員をもって構成される管理組合の理事長がその任務に背き管理組合に損害を与えたことを理由とする損害賠償請求訴訟における建物区分所有者の原告適格 |
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第一審 | : | ![]() |
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参照条文 | : | ||||
被引用判例: | 東京高等裁判所 平成8年12月26日 損害賠償請求控訴事件 |
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訴訟の背景と経緯
北須磨団地D1棟は、兵庫県神戸市に昭和49年に分譲された総戸数160戸/地上11階建ての団地型マンションです。
平成5年5月23日、管理組合第20回定期総会が開かれ、全員一致で第四号議案が可決承認されました。その議案の中には受水槽の改修工事(見積183万3400円)も含まれていました。
理事長Bが定期総会に基づく業務をすぐに執行しなかったところ(工事着手遅延)、平成6年1月30日、改修工事費の見積は、受水槽の腐食が更に進んでいたため、金額は267万8000円になっていました。
区分所有者Aらは、受水槽の改修工事を遅延させ管理組合に損害を与えたとして、理事長Bに対して、主位的請求(※1)として、平成5年3月3日の見積金額と平成6年1月30日の見積金額の差額分84万4600円と民事法定利率年5パーセント(※2)の遅延損害金を請求しました。
予備的請求(※1)として「業者が出した、平成5年3月3日の見積金額は、実際の改修工事費用よりも1割以上余裕をもった金額を算出していて、当初の見積もりに従って業務執行していたならば、実際の工事費用は1割以上減額になっていた。」という理由から、平成5年3月3日の見積金額の1割に当たる18万3340円と民事法定利率年5パーセント(※2)の遅延損害金を請求しました。
※1. |
主位的請求とは、原告が第一に求める請求であり、予備的請求とは、主位的請求が、認められない場合に備えて、二次的に求める請求。 |
※2. | 法定利率(民法第404条) 利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、その利率は、年五分とする。 |
原告の主張(区分所有者Aら)
●管理者として、善管注意義務違反(※1)した債務不履行(※2)により管理組合に損害を与えた金額、工事代金差額84万4600円を請求する。
●当初の見積金額は、実際の改修工事費用よりも1割以上も余裕をもった金額を算出するのが通常であるから、当初の見積もりに従って業務執行していたならば、実際の工事費用は1割以上減額になっていたはずである。よって183万3400円の見積金額の1割に当たる18万3340円を損害賠償金として請求する。
被告の抗弁(理事長B)
●理事長は、管理組合と委任、または代理の法的性質を有するものであるから、訴訟を追行するには、区分所有者ら全員が訴訟当事者になるか、その中から訴訟追行権を付与された当事者を選定するべきである。
●被害者は管理組合であるにもかかわらず、管理組合の意思を問うこと無く、管理組合に損害金を支払えとの権利発生根拠が不明である。
※1. 善管注意義務
委任を受けた人の、職業、地位、能力等において、社会通念上、要求される注意義務。
※2. 債務不履行
債務者が、その責めに帰すべき事由(故意、過失)によって、債務の本旨に従った履行をしないこと。
争点
・総会の決議を得ていない管理組合の構成員が原告となり「民法423条(※1)」「商法267条(※2)」に則り理事長の責任を追求しているが、管理組合の構成員は原告としての適格性を充たすのか?
・区分所有者の共同利益違反行為の是正を求めることができる「区分所有法第6条(※3)」「区分所有法第57条(※4)」は、管理組合の構成員が行使できるのか?
※1. | 民法 第423条
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※2. 商法 第267条
株主は一定の要件を満たせば、その会社の取締役の責任を追及する訴訟を起こすことができます。これは株主代表訴訟と呼ばれています。(なお、商法267条は平成17年の商法改正時に削除されています。現在では会社法847条−第853条にあたります。)
1.区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない。
2.区分所有者は、その専有部分又は共用部分を保存し、又は改良するため必要な範囲内において、他の区分所有者の専有部分又は自己の所有に属しない共用部分の使用を請求することができる。この場合において、他の区分所有者が損害を受けたときは、その償金を支払わなければならない。
3.第一項の規定は、区分所有者以外の専有部分の占有者(以下「占有者」という。)に準用する。
※4. 区分所有法 第57条(共同の利益に反する行為の停止等の請求)
1.区分所有者が第六条第一項に規定する行為をした場合又はその行為をするおそれがある場合には、他の区分所有者の全員又は管理組合法人は、区分所有者の共同の利益のため、その行為を停止し、その行為の結果を除去し、又はその行為を予防するため必要な措置を執ることを請求することができる。
2.前項の規定に基づき訴訟を提起するには、集会の決議によらなければならない。
3.管理者又は集会において指定された区分所有者は、集会の決議により、第一項の他の区分所有者の全員のために、前項に規定する訴訟を提起することができる。
4.前三項の規定は、占有者が第六条第三項において準用する同条第一項に規定する行為をした場合及びその行為をするおそれがある場合に準用する。
裁判所の判断と判決
総会決議を経て管理組合が原告となり理事長に対し損害賠償を求めることはできますが、管理組合の構成員各自が同様の訴訟を起こすことはできないとし、原告の訴えが却下されました。
●管理組合の理事長は、管理組合から委任ないしは代理を受け、総会決議によって定められた業務等の遂行を任されているので、その任務に背き、故意または過失によって履行せず、管理組合に損害を与えるようなことがあった場合は、責務不履行となり、理事長は管理組合に対して損害賠償責任を負うことになる。したがって、管理組合または区分所有者全員が原告となって、理事長に対し損害賠償責任を求める訴訟を起こすことはできる。
しかし、管理組合の構成員各自が同様の訴訟を提起することができるかについては、建物の区分所有等に関する法律上、管理組合の構成員各自がその理事長に対する責任を問うことを認める旨の商法267条(※1)のような規定は存しないし、管理組合の構成員各自が民法423条(※2)により代位するという原告の構成もその要件を欠くというべきである。
●区分所有法6条(※3)、57条(※4)は、共同の利益違反行為の是正を求めるような団体的性格を有する権利について、区分所有者全員または、管理組合法人が有するとしている。
--- 主 文 ---
1.本件訴えを却下する。
2.訴訟費用は原告の負担とする。
この判例による組合の留意点
本件判決では、理事長の責任追及において管理組合の構成員が原告としての適格性を充たすのかが争点となりました。
善管注意義務違反(※1)または債務不履行(※2)により理事長が管理組合に損害を与えた場合、賠償の責めを負うべきことになります。ただ本件については、原告が管理組合の構成員にすぎず、総会で承認を経ていないため、原告としての適格性を充たさないとし、訴えが却下されました。
理事長の責任追及、共同の利益に反する行為をする者に対しての是正を求めることについて、管理組合の構成員各自が原告となりうるための法的根拠が、現在の区分所有法には与えられていません。管理組合員は区分所有者の5分の1以上・議決権の5分の1以上によって、管理者に対し、会議の目的たる事項を示して、総会の招集を請求することができます。総会での決議を経て(普通決議)管理組合が原告となり、理事長・共同の利益に反する行為をする者を提訴できます。
今回のトラブルのように、理事長の債務不履行を請求する場合、区分所有者はまず総会を招集し、かつ可決して原告としての適格性を得ることができます。
区分所有法において「民法423条(※1)」「商法267条(※2)」のように「各区分所有者で共同の利益を守る」ための法の改正が検討されるべきかもしれません。しかし、なによりまず管理組合でコミュニケーションが密にとれていれば、今回のようなトラブルはそもそも起きなかったかもしれません。
なお、理事長解任請求については区分所有法第25条1項(※3)により、総会の決議(区分所有者および議決権の過半数)により解任、または、区分所有法第25条2項(※4)より不正な行為などで理事長職務に適しない事情があるとき、その解任を裁判所に各区分所有者が請求できます。
区分所有法第25条(選任及び解任)
※3. 1.区分所有者は、規約に別段の定めがない限り集会の決議によつて、管理者を選任し、又は解任することができる。
※4. 2.管理者に不正な行為その他その職務を行うに適しない事情があるときは、各区分所有者は、その解任を裁判所に請求することができる。