事件名:損害賠償等請求事件
裁判所:東京地方裁判所
判決日:昭和63年11月28
判例・参考文献詳細情報はこちら>>
マンション名: 戸越ハイツ | |||||
事件番号 | : | 昭和61年(ワ)第12322号 | 事件名 | : | 損害賠償等請求事件 |
裁判所 |
: | 東京地方裁判所 | 判決日 | : | 昭和63年11月28日 |
掲載文献 | : | 判例タイムズ702号255頁|金融・商事判例820号35頁 |
|||
判示事項 | : | 1. 集会招集手続の瑕疵が決議の無効原因となるような重大な瑕疵とはいえないとされた事例 |
|||
判決要旨 | : | 1. マンションの1階部分の店舗の使用に関し、業種、営業、店舗改装を制限することを内容とする管理規約を管理組合の総会で新設するに際し、右店舗部分の区分所有者に対し総会招集通知を欠いたとしても、同通知の欠缺が総会決議に影響を与えないときは、右瑕疵をもって決議の無効原因となる重大な瑕疵ということはできない。 2. 建物の区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない義務を負っており、このような一般的な制約を規約において具体的に規定したとしてもそれが右の一般的制約の範囲内である以上、これをもって一部の区分所有者の権利に特別の影響を与えたものということはできない。 |
|||
第一審 |
: | ![]() |
|||
参照条文 | : | ||||
引用判例 | : | 東京高等裁判所 昭和63年3月30日 管理費確認請求控訴、同附帯控訴事件 |
|||
被引用判例: | 東京地方裁判所 平成19年2月1日 地位不存在確認等請求事件、同反訴請求事件 |
判例・参考文献詳細情報を閉じる>>
訴訟の背景と経緯
昭和48年に東京都品川区で分譲された総戸数54戸/地上11階建の複合マンションです。
原告区分所有者は1階の103号室(本件店舗)を所有し、昼間は喫茶店、夜間は深夜営業のスナックとして、自ら経営し、または第三者に賃貸して営業していました。
昭和60年10月11日、管理組合は、規約改正(1階部分の店舗使用に関し、業種、営業、店舗改装を制限する規約(※1))を議案とする総会の招集(※)をするため、規約案とともに管理組合員へ通知し、また同時にマンション内の掲示板に掲示しました(※2)。
昭和60年10月19日に総会が開催され、議決権総数60人のところ、出席者および委任状提出者計57人の一致で管理規約(※1)改正が決議されました。(原告区分所有者は、招集通知が届いてないため総会に出席していませんでした(※2))。
昭和61年4月22日、ラーメン店営業を目的とするKに対して、原告区分所有者は本件店舗の賃貸契約をしました。Kは昭和61年5月初旬ごろ、本件店舗の改装工事を始めました。
これを知った理事会は、ラーメン店が本件規約16条1項2号(※1)によって禁止されている中華料理店に当たるのではないかということが問題となり(※3)、これを承認することができないとの結論に達し、昭和61年6月14日の臨時総会において営業を不承認する旨の決議を経た上、Kに対し、その旨を通知しました。
そこで、原告区分所有者は、被告管理組合ならびに被告管理会社に対し「損害賠償金(※4)」の請求と、昭和60年10月19日の総会において改正された「管理規約(※1)の無効」を求めて提訴しました。
※1. 戸越ハイツ管理規約
第16条(業種の制限)(原告の主張※1、裁判所の判断と判決※1)
1. 店舗区分所有者は次の各号に該当する業種について営業することができない。(裁判所の判断と判決※4)
1) 戸越ハイツの住環境を著しく阻害する風俗営業等
2) 著しく臭気を発生する業種又はおびただしい煙を発生する業種(中華料理店、焼肉店、炉端焼店、焼鳥屋等)
2. 前項第1号および第2号に抵触する恐れのある業種を営業しようとする場合は、事前に第36条に定める理事長と打合わせ、承認を得ること。
第17条(営業の制限)
1. 店舗区分所有者が、カラオケ等騒音の原因となるものを使用し深夜にわたり営業する場合は、他の区分所有者および占有者の迷惑とならないように配慮しなければならない。
2. 店舗区分所有者は、店舗前道路に無償で簡易な看板等を設置することができる。
3. 前項の看板を設置する場合、店舗区分所有者は、設置場所・看板の大きさ・構造を隣接の区分所有者および理事長と十分協議し設置しなければならない。
4. 店舗に付属するシャッターに看板文字等を書く場合には著しく外観を損なう文字・色彩等を施すことはできない。なおシャッターの維持管理は店舗区分所有者がその責任と負担でおこなうものとする。
第18条(店舗内装制限)(原告の主張※2)
1. 店舗内装工事を行う場合には、作業時間は午前8時から午後5時までとし、騒音・振動を伴う工事については日曜日・祭日の作業は行わないものとする。
2. 店舗区分所有者は、カラオケ等騒音の原因となるものを使用する場合には十分な防音設備を施さなければならない。
3. 前項の場合に、施工前に、第36条に定める理事長に届け出て十分な協議を行うものとする。
4. 前二項の規定を怠ったために発生する他の区分所有者からの異議・苦情の申し立てについては当該店舗区分所有者の責任と負担において解決するものとする。
※2. 原告への総会招集通知
管理組合は、原告が区分所有する本件店舗には送らず、登記簿上の住所を調べ、招集通知および規約案を送付しました。しかし、原告区分所有者は転居しており、届きませんでした。 (原告組合員は管理組合へ住所変更の通知をしていませんでした。)
※3. ラーメン店の状況(裁判所の判断と判決(※1))
昭和61年4月22日、原告区分所有者は、Kに対して本件店舗を賃貸しました。Kは昭和61年5月初旬ごろ、ラーメン店営業を行うため、本件店舗の改装工事を始めました。
これを知った管理組合は、ラーメン店が本件規約16条1項2号(※1)によって禁止されている中華料理店に当たるのではないかということが問題となり、昭和61年6月4日Kを管理組合の理事会に呼び事情を聴取したところ下記のように説明しました。
1. 本件店舗においては他店の分も含めた豚骨ラーメンのスープを調理するつもりであり、通常のラーメン店とは異なり著しい臭気が発生することは避けられないこと。
2. そのほかにチャンポン材料、餃子などの調理もするので相当程度の煙や臭気が発生すること。
3. 本件店舗は中原街道に面しており、午前8時から翌朝午前4時までの深夜営業をするので、夜中に乗用車やオートバイで来店する顧客が多く、その停車、発車の騒音を防ぐことはできないこと。
4. 本件店舗には夜間によく目立つように点滅式のネオン看板を掲げること。
5. 保健所からは店舗床下に数メートルの深さの浄化槽を設置するよう、また消防署からは本件建物の外壁に沿って屋上まで換気筒を設置するように指導されているが、換気筒の設置は難しいこと。
上記の説明を元に、理事会では、Kの営業が本件規約16条1項2号(※1)に当たり、これを承認することができないとの結論に達し、昭和61年6月14日の臨時総会において営業を不承認する旨の決議を経た上、Kに対し、その旨を通知しました。
※4. 損害賠償請求内容(原告の主張(※4))
1. Kに対する損害賠償金350万円
Kは、本件店舗においてラーメン店を営業することができなくなったため、原告との間の本件店舗の賃貸借契約を解消するとともに、Kが原告に対して交付していた礼金80万円、賃料50万円、造作代250万円、火災保険料3万円の返還およびKが本件店舗の改装工事を依頼した有限会社Iに対して支払った損害賠償金123万3500円などの支払を求める訴えを提起し、その控訴審(東京高裁昭和62年(オ)第3711号、同昭和63年(ネ)第1145号・原審・東京地方裁判所昭和61年(ワ)第11995号)において和解が成立し、原告はKに対し、請求金員のうち350万円を支払うことになった。
2. 得べかりし賃料収入の喪失250万円
原告は、被告らの不法行為のため、昭和61年5月1日から昭和62年2月末日までの間、本件店舗を賃貸することができず、この期間の賃料収入を失った。本件店舗の賃料は一か月25万円であるから、右期間の得べかりし賃料は250万円となる。
3. 本件店舗の修復費58万円
Kは、本件店舗の改装工事を途中で中止し、損壊した電気配線、解体した造作残材などを放置した。そのため原告は電気配線を取りはずし、残材の撤去をし、その費用として58万円を支出した。
4. よって、損害賠償として658万円及びこれに対する民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金を被告管理組合と被告管理会社へ請求しました。
※5. (原告の主張(※5))仮執行宣言 判決の確定前に仮執行の宣言に基づいてなす強制執行。
※ 本判例では「召集」となっていますが、「招集」の記述間違いだと思われます。
原告の主張(原告区分所有者)
1 被告管理組合は、原告に対し、総会の召集通知を怠り、原告は出席することができなかった。したがって、総会の決議(1階部分の店舗使用に関し、業種、営業、店舗改装を制限する規約の改正)は無効でる。
2 管理規約16条(※1)ないし18条(※2)は、運用の仕方によっては、原告の区分所有権に対する重大な制限となり、営業活動の死活を制することになる。よって、管理規約の設定については原告の承諾を要するべきである。本件条項の設定については、原告の承諾を得ていないので、区分所有法第31項1条(※3)に違反し、本件条項は無効である。
3 本件店舗の改装工事に伴い、当時の被告管理組合の理事長、副理事長、被告管理会社は、執拗に改装工事を中止するように要求し、その結果、Kは、本件店舗においてラーメン店を営業することを断念し、昭和61年6月4日改装工事を中止した。また、昭和61年6月4日の理事会において、Kが本件店舗においてラーメン店を営業することを承認しないことを決定し、昭和61年6月14日の臨時総会において、原告の承諾を得ることなく不承認の決議をした。これらは不法行為にあたり、損害賠償として658万円(※4)および、これに対する遅延損害金の支払を求める。
5.仮執行宣言※5
被告の抗弁
(被告管理組合・被告管理会社)
1 原告は、本件建物内に住居しておらず、また被告管理組合に対して通知を受けるべき場所を通知していなかった。
2 本件規約条項(※1)(1階部分の店舗使用に関し、業種、営業、店舗改装を制限する規約)と同内容の条項は、昭和60年10月11日、規約改正前から存在していたのであり、本件規約条項は新設されたものではない。
争点
1 総会の招集手続きの瑕疵が、決議の無効原因となるような重大な瑕疵かどうか?
2 原告が承認していない規約(1階部分の店舗使用に関し、業種、営業、店舗改装を制限する規約)の改正は、原告の区分所有者としての権利に特別な影響を及ぼすか?
裁判所の判断と判決
総会決議の内容と手続き上の瑕疵を相対的に見た場合に、その瑕疵が軽微なものであり、総会決議の無効原因にはならないと判断された事例です。
1.管理組合は、原告組合員より住所変更の通知を受けていなかったため、招集通知を原告組合員の登記簿上の住所に送付し、マンション内の掲示板に掲示したが、原告区分所有店舗のポストには投函していなかった。ポストに投函していれば原告に転送(原告は、本件店舗の前に設置していた煙草自動販売機の管理人に、本件店舗の郵便受けに配達された郵便物を、原告の現住所宛に転送するように依頼していた。)されていたはずなので、通知手続には瑕疵があるというべきである。
2.しかし、議決権総数が60人のところ、出席者および委任状提出者の合計が57人となり、その57人全員一致で規約の決議がなされた。裁判所の判断は、原告組合員への総会招集通知が欠けていたとしても、その瑕疵をもって、総会決議に影響を与えるものとは認められない。
3.1階部分において本件建物の住環境を著しく阻害する風俗営業、あるいは著しい臭気又はおびただしい煙を発生する業種の営業を行うことは、他の区分所有者の快適な生活を阻害し、平穏な住環境を損なうものであるから、これが本件建物の区分所有者の共同の利益に反することは明らかであるとし、本件建物の店舗部分においてこのような営業をすることを禁止する管理規約には合理性があるとした(※1)。
4. 建物の区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない(区分所有法6条1項(※2))義務を負っており、このような一般的な制約を規約において具体的に規定したとしても、それが一般的制約の範囲である以上、これをもって一部の区分所有者の権利に特別の影響を与えた(区分所有法第31条1項(※3))ものということはできない。
5.理事長、副理事長、被告管理会社が改装工事の中止を申し入れたことが、不法な行為であるという原告の主張に対し、Kの業種が、本件規約16条1項(※4)により禁止されている業種であることをかんがみると、申し入れたことが直ちに不法な行為不法な行為ということはできない。
--- 主 文 ---
1.原告の請求をいずれも棄却する。
2.訴訟費用は原告の負担とする。
この判例による組合の留意点
「軽微な瑕疵」と「重大な瑕疵」の差異は?
「組合の総会手続きにおいて、重大な瑕疵があった場合は、総会決議は無効」という法理がある中で、本判例では、区分所有物件の使用に対し、業種・営業・店舗改装を制限することを取り決めた管理規約を総会で決議する際、招集通知手続きに軽微な瑕疵があったとしても総会決議に影響を与えず、決議の無効原因とはならないと判断されました。本判例は、この後の判例によく引用され、影響力のある判例となりました。
一般論として瑕疵を「軽微」「重大」と決めるガイドラインが区分所有法で明確に予測され記述されているわけではありません。本判例から「軽微」と判断した根拠を列挙してみます。
1.管理組合の招集手続き
管理組合は総会の招集手続きを行うにあたり、原告区分所有者の登記簿上の住所を調べ、招集通知および規約案を送付しましたが、原告区分所有者は転居しており、届きませんでした。 (原告組合員は管理組合へ住所変更の通知をしていませんでした。)
2.総会決議への影響
議決権総数が60人のところ、出席者および委任状提出者の合計が57人となり、その全員一致で規約の決議がなされました。原告組合員への総会招集通知が欠けていたとしても、その瑕疵をもって、総会決議に影響を与えるものとは認められないとしています。
3.共同の利益が守れない理由
原告組合員が賃貸したラーメン店では、著しい臭気や煙が発生したり、浄化槽設置・換気筒を設置ができなかったり、夜中に乗用車やオートバイで来客する顧客が多く、騒音を防ぐことはできないなど、組合の共同の利益が守れない要素がありました。
一方、当マンション管理組合の規約で禁止業種として「中華料理店、焼鳥屋等」が例示的に列挙されていますが、その趣旨は、各業種そのものを一義的に禁止したものと解すべきではなく、各業種であっても著しい臭気またはおびただしい煙を発生するに至らないもの、あるいはこれらの防除設備を備えたものは禁止されていないものとしています。
共同の利益および区分所有者の利益バランスの中で、規約を杓子定規に判断すべきではないと理解されます。
「住所変更届け」「賃借人の届出」
上記「軽微な瑕疵」については、区分所有法の解釈や管理規約の理解に基づき法理として述べられました。しかし、実際の管理組合では、区分所有法や管理規約の解釈・理解が重要なだけではなく、実際の管理規約の運用、組合の円滑な運営が重要な課題であるといえます。
今回のケースでは原告組合員が、管理組合に対してあらかじめ住所変更届けをしていたり、賃借人決定の際に管理組合への申請を行っていれば、このような賃借人との賠償問題も起こらず、管理組合とのトラブルも未然に防げたといえます。管理組合では管理規約の細則で「住所変更届け」「賃借人の届出」などを義務化し、組合の運営を円滑にすることが望まれます。
コミュニティの活性化
マンションの管理組合には、管理規約の適切な設定・運用が重要であることはいうまでもありませが、マンションコミュニティを活性化し、よりよい住み心地の住空間作りが本来的な必要性を持ってるといえます。ただ、伝統的な縦型社会を構成しにくい現代都市のマンションコミュニティでは、円滑なコミュニティ運営に課題を残しているといえます。マンションコミュニティ再構築の課題は、現代の日本社会が直面している諸問題の縮図といえるかもしれません。