事件番号:平成9年(ワ)第1842号、平成10年(ワ)第115号、平成10年(ワ)第736号
事件名 :建替決議無効確認請求、所有権移転登記等請求事件
裁判所 :神戸地方裁判所
判決日 : 平成13年1月31日 (2001-01-31)
判示事項:
阪神・淡路大震災によって損傷を受けたマンションの区分所有者の集会における立替決議が、複数の区分所権を有する者が複数人として数えられて決議されており、区分所の五分の四以上の賛成がないことして無効とされた事例
参照条文:
建物区分所有法62条
掲載文献:
判例時報1757号123頁
:
判例時報 1782号176頁 判例評論 最新判例批評(49)阪神・淡路大震災によって損傷を受けたマンションの区分所有者の集会における建替え決議が、複数の区分所有権を有する者が複数人として数えられて決議されており、区分所有者の五分の四以上の賛...

主   文

一 平成九年九月一四日開催の第一及び第二事件被告の臨時総会において議決された別紙不動産目録二記載の建物を建て替える旨の決議が無効であることを確認する。
二 第三事件各原告の第三事件各被告に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、第一事件ないし第三事件を通じ、第一及び第二事件被告並びに第三事件原告らの負担とする。

事実及び理由

第一 請求
一 第一事件及び第二事件
主文第一項同旨。
二 第三事件
1(一) 第三事件被告野山政夫及び同野山静子は、第三事件原告松島昭太郎に対し、別紙物件目録1記載の不動産について、平成一〇年一月一四日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
(二) 第三事件被告野山政夫及び同野山静子は、第三事件原告松島昭太郎に対し、別紙物件目録1記載の不動産を明け渡せ。
(三) 第三事件原告松島昭太郎が別紙物件目録1記載の不動産に係る平成一〇年一月一四日売買契約に基づき第三事件被告野山政夫及び同野山静子に対して負担している売買代金債務は、右両名それぞれにつき金一八九万円であることを確認する。
2(一) 第三事件被告黒木淳は、第三事件原告大久保敦に対し、別紙物件目録2記載の不動産について、平成一〇年一月一四日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
(二) 第三事件被告黒木淳は、第三事件原告大久保敦に対し、別紙物件目録2記載の不動産を明け渡せ。
(三) 第三事件原告大久保敦が別紙物件目録2記載の不動産に係る平成一〇年一月一四日売買契約に基づき第三事件被告黒木淳に対して負担している売買代金債務は、金三七八万円であることを確認する。
3(一) 第三事件被告野口邦夫は、第三事件原告郡恭一に対し、別紙物件目録3記載の不動産について、平成一〇年一月一四日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
(二) 第三事件被告野口邦夫は、第三事件原告郡恭一に対し、別紙物件目録3記載の不動産を明け渡せ。
(三) 第三事件原告郡恭一が別紙物件目録3記載の不動産に係る平成一〇年一月一四日売買契約に基づき第三事件被告野口邦夫に対して負担している売買代金債務は、金三七八万円であることを確認する。
4(一) 第三事件被告三浦弘志は、第三事件原告陶英明に対し、別紙物件目録4記載の不動産について、平成一〇年一月一七日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
(二) 第三事件被告三浦弘志は、第三事件原告陶英明に対し、別紙物件目録4記載の不動産を明け渡せ。
(三) 第三事件原告陶英明が別紙物件目録4記載の不動産に係る平成一〇年一月一七日売買契約に基づき第三事件被告三浦弘志に対して負担している売買代金債務は、金三七八万円であることを確認する。
5(一) 第三事件被告中藤托治は、第三事件原告大久保敦に対し、別紙物件目録5記載の不動産について、平成一〇年一月一四日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
(二) 第三事件被告中藤托治は、第三事件原告大久保敦に対し、別紙物件目録5記載の不動産を明け渡せ。
(三) 第三事件原告大久保敦が別紙物件目録5記載の不動産に係る平成一〇年一月一四日売買契約に基づき第三事件被告中藤托治に対して負担している売買代金債務は、金三七八万円であることを確認する。
6(一) 第三事件被告吉田賢太郎は、第三事件原告白川正人に対し、別紙物件目録6記載の不動産について、平成一〇年一月一四日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
(二) 第三事件被告吉田賢太郎は、第三事件原告白川正人に対し、別紙物件目録6記載の不動産を明け渡せ。
(三) 第三事件原告白川正人が別紙物件目録6記載の不動産に係る平成一〇年一月一四口売買契約に基づき第三事件被告吉田賢太郎に対して負担している売買代金債務は、金三七八万円であることを確認する。
7(一) 第三事件被告金森晴美は、第三事件原告大久保敦に対し、別紙物件目録7記載の不動産について、平成一〇年一月一四日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
(二) 第三事件被告金森晴美は、第三事件原告大久保敦に対し、別紙物件目録7記載の不動産を明け渡せ。
(三) 第三事件原告大久保敦が別紙物件目録7記載の不動産に係る平成一〇年一月一四日売買契約に基づき第三事件被告金森晴美に対して負担している売買代金債務は、金三七八万円であることを確認する。
8(一) 第三事件被告小山利夫は、第三事件原告渡部忠に対し、別紙物件目録8記載の不動産について、平成一〇年一月一四日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
(二) 第三事件被告小山利夫は、第三事件原告渡部忠に対し、別紙物件目録8記載の不動産を明け渡せ。
(三) 第三事件原告渡部忠が別紙物件目録8記載の不動産に係る平成一〇年一月一四日売買契約に基づき第三事件被告小山利夫に対して負担している売買代金債務は、金三七八万円であることを確認する。
9(一) 第三事件被告小松幹雄は、第三事件原告陶英明に対し、別紙物件目録9記載の不動産について、平成一〇年一月一四日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
(二) 第三事件被告小松幹雄は、第三事件原告陶英明に対し、別紙物件目録9記載の不動産を明け渡せ。
(三) 第三事件原告陶英明が別紙物件目録9記載の不動産に係る平成一〇年一月一四日売買契約に基づき第三事件被告小松幹雄に対して負担している売買代金債務は、金三七八万円であることを確認する。
10(一) 第三事件被告京本萬壽夫承継人京本秀雄は、第三事件原告渡部忠に対し、別紙物件目録10記載の不動産について、平成一〇年一月一四日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
(二) 第三事件被告京本萬壽夫承継人京本秀雄は、第三事件原告渡部忠に対し、別紙物件目録10記載の不動産を明け渡せ。
(三) 第三事件原告渡部忠が別紙物件目録10記載の不動産に係る平成一〇年一月一四日売買契約に基づき第三事件被告京本萬壽夫承継人京本秀雄に対して負担している売買代金債務は、金三七八万円であることを確認する。
第二 事案の概要等
本件は、別紙不動産目録二記載の建物(以下「本件マンション」という。)が阪神・淡路大震災により損傷を受けたため、第一及び第二事件被告東山コーポ管理組合(以下「被告管理組合」という。)の臨時総会において、建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)六二条一項に基づいて建替え決議をしたところ、建替え決議に賛成せず、かつ、建替えにも参加しない区分所有者である第一事件原告・第三事件被告ら及び第二事件原告・第三事件被告ら(以下、総称して「決議無効確認請求原告ら]という。但し、第一事件原告・第三事件被告京本萬壽夫は、本件訴訟係属中の平成一一年九月二八日に死亡したため、同人の相続人である京本秀雄が訴訟承継したので、右承継前については京本萬壽夫、承継後については京本秀雄を含むものとして、「決議無効確認請求原告ら」の語を用いる。)が右決議が無効であることの確認を求め(第一事件・第二事件)、他方、右建替え決議に基づく建替えに参加する区分所有者である第三事件原告ら(以下「建替え参加原告ら」という。)が、建替えに参加しない決議無効確認請求原告らに対し、それぞれ、区分所有法六三条四項に基づき各区分所有権及び敷地利用権の売渡しを請求したことに基づき、@各区分所有権及び敷地利用権たる所有権(ないし共有持分)の移転登記手続、A各区分所有建物(専有部分)の明渡し、並びにB成立した各売買契約における売買代金額の確認を求めた(第三事件)事案である。
一 前提となる事実(証拠を掲げた事項以外は、当事者間に争いがない。)
1 当事者
(一) 被告管理組合
被告管理組合は、本件マンション並びにその敷地(別紙不動産目録一記載の土地。以下「本件敷地」という。)及び附属施設の管理を行うために設立された権利能力なき社団である(なお、本件マンションの区分所有権を有する者のうち、神戸市がその構成員〔組合員〕であるか否かについては争いがある。)。
(二) 建替え参加原告ら
建替え参加原告らは、いずれも、遅くとも平成九年九月一四日当時から現在まで本件マンションの区分所有者である。
(三) 決議無効確認請求原告ら
決議無効確認請求原告らは、それぞれ、遅くとも平成九年九月一四日当時から現在まで、別紙「売渡し請求一覧表」の対応する「物件」欄記載の各物件目録記載の区分所有権及び敷地利用権を有し(共有を含む。)、各区分所有建物を占有している者である。
2 本件マンション
本件マンションは、昭和四三年一一月二〇日株式会社藤田組(現株式会社フジタ)によって建築され、神戸市住宅供給公社(以下「公社」という。)が分譲した鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根一四階建の建物である(但し、これは登記簿上の表示であり、一階が半地下様になっているので、地上一三階地下一階建といわれることもある。最上階は塔屋である。)。一階から三階まで(地階から二階まで)は、神戸市が区分所有し、水道局の事務所等として使用してきたものであり、四階(三階)以上の部分は住戸として区分所有され、総住戸数は九〇戸である。
3 本件マンションの被災と本件建替え決議
本件マンションは、平成七年一月一七日に発生した阪神・淡路大震災により被害を受けて損傷し、その復興が課題となり、平成九年九月一四日に被告管理組合の臨時総会が開催された。右総会において、神戸市を含む区分所有者による投票がなされた。その際、議決権は、神戸市が一と各住戸が一ずつの合計九一とされた。投票の内訳は、本人出席四三、代理人出席一九、議決権行使書二七(神戸市を含む。)、棄権二(以上合計九一)であった。
そして、神戸市を含む七三票の賛成で、本件マンションを取り壊し、本件敷地に新たに主たる使用目的を同一とする建物を建築する旨の決議(以下「本件建替え決議」という。)がなされた。
なお、決議無効確認請求原告ら並びに建替え参加原告らのうち松島昭太郎及び渡部忠は、右総会において本件建替え決議に係る議案に反対し、他方、松島昭太郎及び渡部忠を除く建替え参加原告らは、賛成した。
4 建替えに参加するか否かの催告とその回答
(一) 前記臨時総会(集会)を招集した被告管理組合理事長筏秀二(以下「筏理事長」という。)は、別紙「売渡し請求一覧表」の番号@ないしIの各「被告」欄記載の決議無効確認請求原告らに対し、それぞれ対応する「催告日」欄記載の日に、本件建替え決議の内容により建替えに参加するか否かを回答すべき旨を書面で催告したが、右決議無効確認請求原告らは、いずれも、催告を受けた日から二か月以内に、建替えに参加するとの回答をしなかった。
(二) 建替え参加原告らのうち松島昭太郎及び渡部忠に対しては、それぞれ平成九年九月二八日、同月二七日、(一)と同様の催告がなされたところ、両名は、催告を受けた日から二か月以内に、建替えに参加するとの回答をした。
5 区分所有権等の売渡し請求
別紙「売渡し請求一覧表」の番号@ないしIの各「原告」欄記載の建替え参加原告らは、それぞれ対応する各「被告」欄記載の決議無効確認原告らに対し、「売渡請求日」欄記載の日に、「物件」欄記載の各物件目録記載の区分所有権及び敷地利用権を時価(具体的には各三七八万円を提示)で売り渡すべきことを請求した。
6(一) 担保権の設定状況
別紙「売渡し請求一覧表」の番号A、G及びHの各「物件」欄記載の物件目録記載の区分所有権及び敷地利用権には、それぞれ対応する「担保権」欄記載の抵当権又は根抵当権の設定登記がなされている。
(二) 売買代金の供託
別紙「売渡し請求一覧表」の番号@、BないしF、Iの各「原告」欄記載の建替え参加原告らは、それぞれ対応する「供託日」欄記載の日に、各「被告」欄記載の決議無効確認請求原告らに対し、各「物件」欄記載の物件目録記載の区分所有権及び敷地利用権の売買代金として、各「供託金額」欄記載の金額を、反対給付の条件(各物件の明渡し及び所有権移転登記手続)を付して供託した(同一覧表の番号Cに対応するものにつき乙一〇五)。
(なお、決議無効確認請求原告らは、建替え参加原告らによる各区分所有権及び敷地利用権たる所有権〔ないし共有持分〕の移転登記手続並びに各区分所有建物〔専有部分〕の明渡しの請求に対し、予備的に、売買代金の支払いとの同時履行の抗弁を主張する)。
二 争点
1 本件建替え決議無効確認の訴えに、確認の利益があるか。
2 本件建替え決議は、「区分所有者の五分の四以上の多数」(区分所有法六二条一項)により議決されたといえるか。
3 本件マンションは、「老朽、損傷、一部の滅失その他の事由により、建物の価額その他の事情に照らし、建物がその効用を維持し、又は回復するのに過分の費用を要するに至った」(区分所有法六二条一項)といえるか。
4 本件建替え決議には、無効原因となる手続的瑕疵があるか。
5 区分所有法六三条四項に基づく売渡し請求権の行使における本件マンションの各区分所有権及び敷地利用権の「時価」。
6 区分所有法六二条一項及び六三条四項は、憲法二九条に違反するか。
第三 当事者の主張
一 争点1(本件建替え決議無効確認の訴えに、確認の利益があるか)について
(被告管理組合の主張)
本件建替え決議無効確認の訴えには、以下のとおり、確認の利益がない。
1 区分所有法六二条所定の建替え決議は、団体における通常の総会決議とは異なり、これを前提にその他の法律関係が累々と形成・派生されていくというようなものではなく、その法的意味は建替えに参加しない者に対する売渡し請求権を発生させることに尽きる。そうすると、建替え決議の効力については、その後短時日のうちに提起されざるをえない、当該建替え決議に賛成した管理組合員(区分所有者)等からの当該建替えに参加しない管理組合員(区分所有者)に対する所有権移転登記手続請求訴訟等の給付訴訟における争点の一つとして審理・判決される方が、当該建替えをめぐる紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要であるから、当該建替え決議の無効確認を求める訴えには、確認の利益がないと解すべきである。
2 建替え決議無効確認訴訟が許されるとすると、当該訴訟の本案判決の効力は個別的なものか対世的なものか、共同訴訟である場合には当該訴訟の目的が共同訴訟人の全員について合一に確定すべきものかどうか、などの手続的な問題が生じる。また、前記給付訴訟との審理重複、判決内容の矛盾・抵触の危険性が生じるだけでなく、建替え決議無効確認訴訟の判決が、右給付訴訟の判決より、必ず先に確定するという手続的保障もなく、訴訟審理の実態からすれば、ほぼ並行して審理が行われ、逆に給付訴訟の審理の方が早いということも十分あり得る。したがって、建替え決議無効確認訴訟の判決に商法二五二条の準用ないし類推適用を認めることは不当である。
3 結局、マンションの建替えに係る紛争において、建替え決議の無効確認の訴えを許すことは、当該紛争の解決に当たって適切でも必要でもなく、徒に紛争に係る訴訟手続を混乱させるだけである。
(決議無効確認請求原告らの主張)
建替え決議無効確認の訴えには、以下のとおり、確認の利益がある。
1 建替え決議後の売渡し請求は、区分所有法六三条四項により、建替えに参加しない区分所有者の区分所有建物ごとに予定されているし、売渡し請求に伴う持分移転登記手続等請求事件の判決は、当該訴訟当事者ごとに効力が生じるに過ぎない。建替え決議無効確認訴訟は、かかる事態を避け、紛争の抜本的解決に資することができる。
2 区分所有法六三条四項の買受指定者が合意された場合には右1記載のような問題は生じないが、例えば、区分所有建物に賃借人がいる場合の明渡請求訴訟においては建替え決議の効力が争点となり得るから、同様の問題がある。
3 持分移転登記手続請求訴訟等において、焦点の定まらないまま、争点の一つとして建替え決議の効力について延々と審理するよりも、建替え決議無効確認訴訟においてその効力に限定して審理する方が、同訴訟において決議が無効であることが確定されれば売渡し請求は効力を有しないことが明らかになり、その余の争点を審理する必要がなくなるから、紛争解決のための直接かつ効果的な訴えということができる。
4 売渡し請求は、区分所有法六三条四項により、同条二項の回答期限から更に二か月の期間の満了まで行使することが可能であるが、建替え決議に反対した者が、右期間の満了まで拱手しなければならない理はなく、既に建替え決議無効確認の訴えを提起している以上、その後に売渡し請求に基づく給付訴訟が提起されたとしても、これと別に審理して抜本的解決を図る利益と必要性がある。
5 建替え決議無効確認訴訟については、商法二五二条、一〇九条一項の類推適用により、その判決は対世効を有し、全区分所有者に対して効力が生じると解すべきであるから、被告管理組合が主張するような手続的な問題は生じない。
6 建替え決議無効確認訴訟は、立法担当者も想定していたものである。
二 争点2(本件建替え決議は、「区分所有者の五分の四以上の多数」〔区分所有法六二条一項〕により議決されたといえるか)について
(被告管理組合及び建替え参加原告らの主張)
1 区分所有法六二条一項の「区分所有者の五分の四以上の多数」にいう「区分所有者」については、通常、複数の専有部分を有している区分所有者も定数一として計算されるが、例外として、ある区分所有者が登記簿上複数の専有部分を有している場合であっても、当該複数の専有部分のうちの一部を、真実あるいは実質的に他の者(実質的区分所有者)が所有し、かつ、登記簿上の区分所有者の議決権の行使において実質的区分所有者もこれを同意・了承しているときは、区分所有者の定数の計算において、登記簿上の区分所有者一名だけではなく、実質的区分所有者の数も定数に入れるべきである。そうすることによってこそ、定数が実体ないし真実の権利関係を反映し、区分所有者全体の意思が決議の成否に忠実に反映されるものとなって、信義に合致し、公正な結果となるからである。
2 本件においては、以下のとおりである。
(一) 井上暉彦名義の三戸の専有部分(七〇三号、四〇三号及び一〇〇三号)のうち、七〇三号は、真実あるいは実質的にも同人の単独所有ではあるが、四〇三号は、真実あるいは実質的には同人と実母井上はるの共有、一〇〇三号は同じく井上はるの単独所有である。そして、井上はるは、本件建替え決議に際し、四〇三号、一〇〇三号の区分所有に基づく賛成投票について同意・了承していた。
(二) 陶英明名義の二戸の専有部分(一〇〇五号及び八〇九号)のうち、一〇〇五号は、真実あるいは実質的にも同人の単独所有であるが、八〇九号は、真実あるいは実質的には同人の長女井上由佳及びその夫井上修二の共有である。そして、井上由佳及び井上修二は、本件建替え決議に際し、八〇九号の区分所有に基づく賛成投票について同意・了承していた。
(三) なお、下村信夫は、登記簿上、四〇一号については単独所有であるが、四〇四号については同人と妻下村すみ子の共有となっており、この場合は登記が実体を忠実に反映している。
3 複数の専有部分につき、同一の区分所有者が一部を単独所有、一部を共有している場合における「区分所有者」の定数の計算方法は、基本的に、単独所有に係る専有部分と、共有に係る専有部分とは別個の区分所有者と数えるべきである。さらに、例えば、A号室が甲の単独所有、B号室が乙の単独所有、C号室が甲と乙の共有の場合には、各単独所有部分で定数二、共有部分で定数一として合計定数三と計算すべきである。
そうすると、前記2(一)の井上暉彦関係については定数三、同(二)の陶英明関係については定数二、同(三)の下村信夫関係についても定数二と計算されることになる。
したがって、結局、本件マンションの全区分所有者の数は、本件マンションの全専有部分の戸数(九一個)すなわち議決権の数と一致することになるから、本件建替え決議は、「区分所有者の五分の四以上の多数」という要件も充足していることになる。
4 この点、決議無効確認請求原告らは、「区分所有者」は、不動産登記簿の記載を基準として判断するのが相当というべきであり、そうすると、本件建替え決議は区分所有法六二条の「区分所有者の五分の四以上の多数」の要件を充足しない旨主張する。
しかし、区分所有法六二条一項は、文理上、登記されていることを要求していないし、管理組合の集会での決議は、取引関係ではなく、区分所有者団体内部における意思決定の問題であり内部関係に留まるので、登記の所在によって勝敗が決せられる対抗問題でないことが明らかである。実質的に考えても、区分所有権を実体的に取得した者を、登記が欠如しているからといって決議から排除する結果となるのは正義に反する。さらに、決議無効確認請求原告らは、本件訴訟の当初、区分所有法六二条一項の「区分所有者の五分の四以上の多数」の要件の充足という点を問題にしたことはなく、従前この点を争うことは全くなかったのであるから、決議無効確認請求原告らの右主張は、禁反言の原則の趣旨に反し、信義則上許されないものである。
(決議無効確認請求原告らの主張)
1 管理組会の集会において、建替え決議に関与する区分所有法六二条一項の「区分所有者」は、判断基準の合理性・明確性、不動産登記の公示機能を踏まえると、不動産登記簿の記載を基準として判断するのが相当というべきである。管理組合は、画一的に組合員資格を判断する必要があり、東山コーポ管理組合規約(以下「被告管理組合規約」という。)でも、組合員資格の得喪は直ちに書面で届け出なければならない(二六条)としているのであり、登記簿上の所有者に変動等があった場合には、登記を経由した上で遅くとも総会決議前に届け出ておく必要があるのである。
また、複数の区分所有権を有する区分所有者は、複数名でなく、一名として算定しなければならない。
2 そこで、本件について、本件マンションの住戸専有部分は九〇戸であるが、登記簿上、井上暉彦は四〇三号、七〇三号及び一〇〇三号、陶英明は八〇九号及び一〇〇五号というようにそれぞれ複数戸を所有しているところ、両名とも各一人として算定しなければならないから、区分所有者の総数は三人を減じて八七人となる(後記四で主張するとおり、神戸市〔水道局〕は、区分所有者として算入すべきではない。)。そして、右の井上、陶の両名は、いずれも本件建替え決議に賛成したから、区分所有者の賛成者数は七二名から三名を減じた六九名である。そうすると、八七名中六九名の賛成が、「五分の四」に満たないことは明らかである(仮に、区分所有者に神戸市〔水道局〕を加えたとしても、八八名中七〇名の賛成となって、「五分の四」に満たないことに変わりはない。)。
3 ところで、被告管理組合及び建替え参加原告らは、区分所有法六二条一項の「区分所有者」につき実質的に区分所有権を有する者と解すべきである旨主張する。
しかし、右のように解すると、著しい法的不安定を招来するし、相続、売買等によって実体的に区分所有権を取得したが登記を経由していない者まで探求して組合員を確定しなければならないとするのは、管理組合に不可能を強いるものである。
被告管理組合は、登記に公示されている者を同組合の組合員(以下「被告組合員」という。)として、招集通知を発し議決権を行使させたにもかかわらず、本件建替え決議の議決要件充足の有無(議決の効力)が問題にされるや、二年半以上経過してから、被告組合員は別の者であったから決議は有効である旨主張するに至っているのであるが、このような恣意的な扱いをすることは許されない。
被告管理組合は、これまで三〇年近くの多数回の集会において、すべて登記簿上の区分所有者にのみ組合員資格を認めてきながら、本件建替え決議に限り、しかも訴訟になってから、別の基準で組合員資格を認めるということは、信義則に反し許されない。
三 争点3(本件マンションは、「老朽、損傷、一部の滅失その他の事由により、建物の価額その他の事情に照らし、建物がその効用を維持し、又は回復するのに過分の費用を要するに至った」[区分所有法六二条一項]といえるか)について
(被告管理組合及び建替え参加原告らの主張)
1 区分所有法六二条一項の建替え決議の実質的要件である「老朽、損傷、一部の滅失その他の事由により、建物の価額その他の事情に照らし、建物がその効力を維持し、又は回復するのに過分の費用を要するに至った」という要件については、以下のとおり解すべきである。
(一) 「老朽、損傷、一部の滅失その他の事由により」
(1) 建物の効用の減退の事由
建替え決議が有効であるためには、まず「老朽、損傷、一部の滅失その他の事由により」、当該建物について物理的に効用の減退が生じていることが必要であるが、効用減退の事由は複合的であってもよく、また、必ずしも効用減退の事由が明確に特定される必要もない。
(2) 滅失割合
また、当該建物について物理的な効用の減退が生じた原因が「一部の滅失」である場合、それが、小規模滅失(建物の価格の二分の一に相当する部分が滅失したとき〔区分所有法六一条一項〕の滅失をいう。以下同じ。)であるか、大規模滅失(建物の価格の二分の一を超える部分が滅失したとき〔同条五項〕の滅失をいう。以下同じ。)であるかを問わず、建替え決議をすることが許される。このことは、区分所有法六一条一項但書が、小規模滅失の場合でも建替え決議があり得ることを明記していることからも明らかである。
(二) 「建物の価額その他の事情に照らし」
(1) 「建物の価額」
「建物の価額」とは、決議当時の建物全体の取引時価(現況市場価値による価格)であり、敷地利用権の価額を含まない。すなわち、被災マンションについていえば、被災後の建物価額ということになる。なお、建物の利用価値は、「その他の事情」として考慮され得るにとどまると解すべきである。
(2) 「その他の事情」
「その他の事情」とは、建物の利用上の不具合その他の建物の現状、土地の利用に関する四囲の状況等を指すが、建替え費用を含まない。なお、建替え費用と現存建物の効用維持・回復費用(補修費用等)を比較して、補修費用等が建替え費用の一定割合を超える場合、又は、総合的にみて補修費用等が割高で建替え費用の方が割安である場合にのみ、「費用の過分性」要件が満たされて建替え決議が可能となり、逆の場合には、建替え決議は認められない(補修・復旧のみが可能である)という考え方は、現行規定からは導き出せない。
(3) なお、建築時と建替え決議時の間に生ずる建物としての機能の陳腐化の内容、程度ということも、「建物価額その他の事情」として過分性判断に際して考慮されるべき事情に含まれる。
(三) 「建物がその効用を維持し、又は回復するのに」要する費用
(1) 「建物がその効用を維持し、又は回復するのに」要する費用(以下「効用維持・回復費用」という。)には、現在の支出(当面の補修工事に要する費用)だけではなく、将来見込まれる支出(補修後に要する維持・管理費用)も含まれ、また、共用部分だけでなく、専有部分の効用を維持、回復するために要する費用も含まれる。
(2) なお、過分の費用を要するかどうかは、各専有部分ごとにではなく、建物全体について判断される。
(四) 「過分の費用」
費用の過分性の要件については、次のように考えるべきである。
(1) 「過分の費用」であるかどうかは社会通念により決まるというほかはない。社会通念とは、当該状況に立たされたと想定した場合の一般人に受け入れられるような客観的な判断を意味するので、当該建物の区分所有者の認識判断の内容とは一応区別されるものであるが、現実に建替えをめぐる当該状況に立たされた多くの区分所有者によりなされた判断は、経験則上、「社会通念」と一致する場合が多いと考えられる。
(2) 何を「過分の費用」とするかは、建物にどの程度のいかなる効用を期待するかという相対的な価値判断にかかわる問題であり、第一次的には区分所有者が判断すべきものであるから、区分所有者の圧倒的多数がその要件を満たすものと判断した場合、その判断は、事後的判断に当たって可及的に尊重することを要する。
(3) 区分所有法は、大規模滅失の場合のみならず小規模滅失の場合においても建替えという選択があり得ることを規定し、復興方針の選択について価値中立的な態度を示して区分所有者の自治的・裁量的判断を尊重しているといえることからすれば、復興方針の選択に関する区分所有者の判断は、特段の不合理がない限りは、極力尊重する方向で取り扱うのが妥当である。
(4) 「過分の費用」の概念が抽象的であいまいさや多義性を払拭できないとしても、そのことに起因する判断リスクを建替え決議に賛成した区分所有者に負わせることは妥当でない。すなわち、応分の調査検討及び真摯な集団的討議を経て建替え決議をした場合においても建替え決議の効力が覆されるとすれば、予測可能性と法的安定性が害されるだけでなく、以後は補修の方向で意見がまとまることも事実上困難であり、マンションはスラム化して、建替え反対者を含めた関係者全員にとって不幸な事態が生じる。したがって、区分所有者が「過分の費用」と判断したことについて応分の相当性・合理性が確保されている限り、区分所有者の決議を尊重し、軽々にこれを無効とするべきではない。
以上のような理論的及び実質的根拠を総合すると、建替え決議が「費用の過分性」の要件に明白に反してなされたという「特段の事情」が存在したとの立証がなされない限りは、「費用の過分性」の要件は満たされたと判断されるべきである。
2 本件建替え決議は、前記実質的要件を充足している。
(一) 物理的な効用の減退について
本件マンションは、大規模修繕が一度も行われたことのない築約二九年(本件建替え決議当時)の建物であり、給水管や雑排水管等が震災前からすでに老朽化していた上に、阪神・淡路大震災により、柱、梁、壁、天井等の広範な部分に多数のひび割れやコンクリートの剥落が生じるなど甚大な被害を受け、物理的効用が大きく減退したことは明らかである。
(二) 過分性の要件について
過分性の要件は、建物の効用維持・回復費用と「建物の価額その他の事情」とを比較考量して決せられる。
(1) 効用維持・回復費用
本件マンションを震災前の状態に戻すための(共用部分の)補修概算費用として株式会社構造総研及び株式会社地域計画建築研究所(以下「アルパック」という。)により提示された六億三八七六万円から、効用維持・回復費用とはいい難い改良費用分(受電盤、幹線ケーブル等修繕費及び各住戸内コンセント回路の増設費)八八二〇万円を差し引くと、五億五〇五六万円となる。これに専用部分の補修費(最も被害の少なかった住戸であっても、一戸当たり五三万五〇〇〇円を要する。)を加えなければならないから、本件マンションの効用維持・回復費用は、五億五〇五六万円をはるかに上回る金額となる。
(2) 「建物の価額」
被災後建物の価額(本件建替え決議当時の取引時価)は、被災前建物価格(建物の再調達価格から経年減価を差し引いた額)から復旧費用を控除した金額に、さらに震災修正率(被災建物の市場性が劣ることによる修正率)を乗じて補正することによって算定するのが妥当である。
本件マンションについては、乙第五号証(株式会社山陽不動産鑑定研究所作成の区分所有建物の滅失割合に関する報告書)によると、被災前建物価格が五億三五一六万八〇〇〇円とされ、被災後建物価格は、復旧費につきアルパック案(五億二五七六万円)を採用した場合で七九九万七〇〇〇円とされている。右アルパック案には、効用維持・回復費用のうち、受水槽、ポンプ等の修繕費及び専用部分の補修費が含まれていないので、これらを復旧費用に含めると、本件マンションの被災後建物価格は、七九九万七〇〇〇円よりもさらに低いものとなる。
(3) このように、本件マンションの効用維持・回復費用は五億二五七六万をはるかに上回るのに対し、被災後建物価格は七九九万七〇〇〇円に到底及ばないことになるから、費用の過分性を優に肯認することができる。
(決議無効確認請求原告らの主張)
本件建替え決議は、区分所有法六二条一項の建替え決議の実質的要件である「老朽、損傷、一部の滅失その他の事由により、建物の価額その他の事情に照らし、建物がその効用を維持し、又は回復するのに過分の費用を要するに至った」という要件を充足していない。
1 本件建替え決議は、滅失の程度について建替え決議に要求される「大規模滅失でかつ高度の滅失状態」であることという要件を充足していない。
(一) 建替え決議の対象となる滅失の程度
(1) 区分所有法六二条一項は、どの程度滅失した場合に建替え決議をなし得るかを明文で示していないが、以下の理由により、「大規模滅失」で、かつ、高度の滅失状態にある場合に限られると解すべきである。
ア 区分所有法六一条創設に当たっての法案審議において、立法担当者は、右の滅失程度を朽廃に近い高度なものと説明している。
イ 区分所有法六一条七、八項は、大規模滅失の場合に建物及びその敷地に関する権利につき復旧決議に賛成しなかった区分所有者の時価での買取請求権を認め、六三条四項は、区分所有権及び敷地利用権につき建替えに参加しなかった区分所有者に対する時価での売渡し請求権を認めているが、後者の売渡し請求における時価は、立法担当者においては、土地の更地価格から区分所有建物の取壊費用を控除した価格(結果的に、「敷地に関する権利」だけの価格となる。)と考えていた(右考え方が小規模滅失を前提としていないことは明らかである。)。このように、同じく大規模滅失であっても、区分所有法六一条七、八項が「建物及び敷地に関する権利」の時価を買取請求の価格としながら、六三条四項が売渡し請求の価格をあえて右のとおり結果的に「敷地に関する権利」だけの価格にしたことについては、六三条四項が六一条七、八項よりも高度な大規模滅失の場合の規定であると解する以外に合理的な根拠は見出せない。
ウ 区分所有法六二条一項が、被災後でもなお二分の一以上の価値がある建物についてまで建替えを認めていると解釈することはできない。
エ 仮に、小規模滅失でも建替え決議をなし得ると解釈する余地があるとしても、そのように解釈することは、何ら実益がなく、弊害があるだけである。
(2) なお、被告管理組合及び建替え参加原告らは、区分所有法六一条一項但書を根拠に、小規模滅失の場合でも建替え決議をなし得る旨主張するが、同条項但書は、共用部分が小規模滅失である場合についての規定と解するほかないから、右主張は採りえない。
(二) 本件マンションの滅失の程度(乙第五、第八号証の弾劾)
被告管理組合及び建替え参加原告らが本件マンションにつき大規模滅失に該当することの根拠としている乙第五号証(株式会社山陽不動産鑑定研究所作成の区分所有建物の滅失割合に関する報告書)及びこれが依拠する乙第八号証(日本不動産鑑定協会不動産カウンセラー部会作成の「区分所有法第六一条による二分の一滅失判定手法について」)は、@ 算出方法に、区分所有法六一条一項等の滅失割合の算出基準としての普遍性と妥当性について、何の制度的根拠もないこと、A いずれも不動産鑑定士により作成されているが、区分所有法六一条一項の「建物の価格の二分の一以下に相当する部分が滅失したとき」に該当するか否かの判断は、使用価値という観点からなすべきものであるから、その経済価値(交換価値)の判定を主たる業務とする不動産鑑定士は不適格であること、B 乙第八号証は、被災マンションの建替えを推進していた神戸市等の要請を受けて作成されたマニュアルであるから、建替えの結論を導きやすいものとなっており、また、正確・厳密に判断する方法ではなく簡易手法としてのマニュアルにすぎないこと、C 乙第八号証は、内容においても、(a)「不動産鑑定評価基準」(土地鑑定委員会平成二年一〇月二六日付「不動産鑑定評価基準の設定に関する答申」)によれば、鑑定評価の方式として、原価法・取引事例法・収益還元法の三方式を併用すべきであるのに、原価法(積算価格)のみによるべきものとしている、(b)耐用年数は、「減価償却資産の耐用年数等に関する省令」(昭和四〇年三月三一日大蔵省令第一五号)によって、鉄骨鉄筋コンクリート造事務所住宅である本件マンションの場合、建物躯体は六五年、建物附属設備は一五年であるとすべきであるのに、それぞれ四〇年、一五年(乙八)、又は四五年、二〇年(乙五)としている、(c)本件マンションは、維持管理の状態が良好で補修が適時に行われているから観察減価の対象とはならないのに、「観察減価を加味する意味合から調整率を乗ずることとし」ている、(d)不動産鑑定評価基準は、原価法における減価については、耐用年数法及び観察減価法の二つによることを定め、それで十分評価できるとの考え方に立っているのに、そのほかに震災減価率という恣意的な基準を設定している、(e)被災後建物の価額を算出するのに、まず被災前建物価格から復旧費用の全額を控除しているが、材料費については二七年の減価償却をした残存価額を復旧費用としなければ、真の被災建物価格を示すことにはならないという点において不合理であることから、信頼性がない。
2 本件建替え決議は、被告管理組合及び建替え参加原告らに立証責任のある「建物の価額その他の事情に照らし、建物がその効用を維持し、又は回復するのに過分の費用を要するに至った」という要件を充足していない。
(一) 被告管理組合及び建替え参加原告らは、原価法により算出した被災前建物価額から補修費用を控除した金額を被災後建物価額とし、右補修費用が被災後建物価額を大幅に上回っているから過分の費用を要することになるという立証方法を採っているが、以下のとおり、誤っている。
(1) 費用の過分性の判断方法自体の誤り
被災後建物価格と補修費用の対比のみによって過分性を判断する被告管理組合及び建替え参加原告らの判断方法は、「建物の価額その他の事情に照らし」との規定に照らして誤りである。すなわち、「建物の価額」(区分所有法六二条一項)は、「建物の価格」(同法六一条一項)と比べ、より強く、利用・使用価値的要素を重視して判断すべきことを示しており、また、「その他の事情」として、純枠な意味での補修費用(新規材料を用いた場合は現在価格を法定耐用年数で償却したもの)の絶対額、補修費用の額と建替え費用の額の対比(この場合、米国でとられている二分の一ルール[補修費用が建替え費用の二分の一以下なら補修が適当であるとの考え]が参考になる。)、居住者の高齢化が進んでいる本件マンションにおいて、高齢の区分所有者が、長期間にわたって高額の負担をすることは通常困難であること、本件マンションの住戸を購入した際の住宅ローンの負担がなお残っているため建替え費用が過大な負担となる区分所有者が存在することを考慮するべきであるにもかかわらず、右判断方法ではこのようなことが考慮されていない。
(2) 被災前建物価額の算出の誤り
被告管理組合及び建替え参加原告らが被災前建物価額算出の根拠とする乙第五、第八号証は、前記1(二)のとおり、信頼性がない。
(3) 補修費用の算出の誤り
ア 被告管理組合及び建替え参加原告らは、共用部分の総補修費用(効用維持・回復費用)を、乙第六号証及び第九号証の1・2に提示された六億三八七六万円から効用維持・回復費用とはいい難い改良費用分八八二〇万円を差し引いた五億五〇五六万円と主張するが、以下のとおり、右各書証記載の算出方法は誤りであり、判断の資料とすることはできない。
a 乙第六号証においては、共用部分の構造補修費用を四億六八〇〇万円と見積もっているが、右見積りは、設計見積に類するものであり、実際に補修する場合にマンション補修専門業者に見積もらせれば(競争見積りをさせることも可能である。)、見積額は大幅に低下するはずであること、本件建替え決議の一年以上前の見積りであって、そこで算定の基礎とされた工事単価は、震災後という異常時に高騰していた価格を基に積算したものであること、現場管理費諸経費(いわゆる粗利益)として工事費の約四〇パーセントもの高額を計上していること等の問題がある。
b 乙第九号証の1・2は、乙第六号証と同様の問題があるほか、震災復旧とは無関係の費用を加算して補修費用としている(被告管理組合及び建替え参加原告らの主張において改良費用分として差し引いた分以外にも、排水管、一部給水、ガス配管等の設備費用、エレベーター補修費用、受水槽、ポンプ等修繕費は、修繕を要しない部分にかかるものであるから、補修費用に含めてはならない。)等の問題がある。
イ 住戸一戸当たりの共用部分補修費用負担額についても、乙第九号証の1・2においては、同号証の共用部分の総補修費用(六億三八七六万円)を前提に五七八万八〇〇〇円と算出しているが、共用部分補修費用の住戸負担分の割合は、同号証で採用した七六・七パーセントではなく、専有部分の床面積比である六九・八一パーセントによるべきであり、また、共用部分の総補修費用(六億三八七六万円)に〇・七六七を乗じると四億八九九二万八九二〇円になるのに、五億二〇九三万円としており、その計算自体にも明白な誤りがあるなど、その算出には問題がある。
なお、仮に、乙第六号証及び第九号証の1・2の見積額が正しいとして算出しても、住戸一戸当たりの共用部分補修費用負担額は、右アbで指摘した震災復旧とは無関係の費用を控除した上、右共用部分補修費用の住戸負担分の割合六九・八パーセントを乗じ、九〇戸で除すると、三九〇万六九三八円となる。被告管理組合は、それより五〇パーセント近くも過大な五七八万八〇〇〇円という誤った提示を全区分所有者に対してしているが、この誤りは重大である。
(二) 適正な復旧費用
決議無効確認請求原告らが、乙第六号証において必要と判断されている補修箇所・方法について補修専門業者である株式会社小野工建に補修工事費用の見積りを依頼したところ、同社の見積額は二億五八〇〇万円である。これに前記専有部分の床面積比による住戸負担分の割合六九・八パーセントを乗じ九〇戸で除すると、一戸当たりの負担額は、二〇〇万〇九三三円となる(住戸負担分の割合を七六・七パーセントとして計算しても二一九万八七三三円である。)。これが、適正な住戸一戸当たりの共用部分補修費用負担額である。
四 争点4(本件建替え決議には、無効原因となる手続的瑕疵があるか)について
(決議無効確認請求原告らの主張)
本件建替え決議は、以下のような手続的瑕疵があるため、無効である。
1 招集手続等の瑕疵
本件建替え決議には、神戸市も参加しているが、以下のとおり、神戸市は被告組合員ではないから、被告管理組合は区分所有法三条の規定する区分所有者全員の団体とはいえず、したがって、区分所有者全体の管理者はいないことになるから、建替え決議は同法三四条五項所定の招集手続による集会でなされなければならないにもかかわらず、本件においては右手続がなされていない。
(一) 公社(神戸市住宅供給公社)は、本件マンションを分譲するに当たり、当分の間は公社が管理者となるがその後は管理規約により入居者(すなわち住戸九〇戸)の共同管理となる旨周知徹底させた。
(二) 被告管理組合規約七条は、区分所有者全員をもって被告管理組合を構成すると定めてはいるが、次の諸規定から見て、右の組合員は住戸の区分所有者に限定されていると解するほかない。
(1) 最も重要な共用部分等の管理に要する費用負担について、二〇条は住戸の戸数による頭割りと定めているが、これは住戸の区分所有者のみを被告組合員としていると解して初めて首肯できることである。
(2) 一〇、一一条は、敷地は区分所有者の共有とし、その持分は専有部分の床面積の割合によると定めているが、これが妥当するのは住戸の区分所有者についてのみである(神戸市の専有部分の床面積割合は約三〇パーセントであるのに、敷地の持分は六〇パーセントである。)。
(3) 二条は「良好な住環境」、四条二項は「同居するもの」という文言を使用し、八条一項は「区分所有権の対象となる専有部分は、住戸番号を付した住戸(中略)とする。」と規定し、九条が共用部分の範囲として別表第二に掲げたのは住戸に関するものだけであり、一二条二項が定める「敷地及び共用部分等の共用持ち分との分離」処分の禁止は住戸部分のみについてであり、一三条は「専有部分は専ら住宅として使用する」ことを区分所有者の義務としている。また、三九条二項は「住戸」、同条三項は「居住する」という文言を使用し、四二条一項は「住戸一戸につき各一個の議決権を有する。」と規定し、同条五項は「同居する者」、「住戸を借り受けた者」という文言を使用している。
(4) 定時・臨時総会は、本件建替え決議時以外全て議決権数を九〇として運営されてきた。
(5) 神戸市の担当者も、規約上議決権がないことを認める発言をしている。
(三) 監事二名の内一名を水道局代表者としていたのは、分譲当初に公社の指導でそうしたのが慣例になっていたに過ぎず、水道局に総会の通知をしたり、水道局が総会に出席したことはない(水道局に対し継続的に定期・臨時総会の通知がされていたこと及び水道局が継続的に総会に出席していたことを示す証拠はない。)。
2 団体意思の形成過程における不公正な行為の介在
本件建替え決議は、団体意思の形成過程において、以下のとおり多数の不公正な行為が介在して成立したものである。
(一) コンサルタントによる誤導等
被告管理組合が委嘱したコンサルタントは、補修費用及び建替え費用の額、公的補助の有無等につき誤った教示をするなどして、建替えに誘引する活動だけを行ったが、右活動は本件建替え決議に大きな影響を与えた。
被告管理組合は、全区分所有者を代表するのであるから、コンサルタントに対しては、建替えと補修の両面での活動を指示しなければならないのに、右のようにコンサルタントが建替えの方向だけで活動しているのを放置して本件建替え決議に至らせており、公平上重大な誤りがあった。
(二) 誤った補修費用の提示
被告管理組合は、本件建替え決議より一年以上前の、しかも誤った補修費用及びこれを前提とする過大な住戸一戸当たりの共用部分補修費用分担額(前記三2(一)(3)のとおり)を提示して、それを基に本件建替え決議をさせており、右は著しく妥当性を欠き、区分所有者の選択を誤らせた可能性が大きい。
(三) 建替え方針決議の瑕疵
被告管理組合は、平成九年四月二七日に臨時総会を開催し、「建替えによる復旧方針」か「補修による復旧方針」かにつき審議・採決し、無記入票五票及び白紙委任状一通を「建替えによる復旧方針」の賛成票に組み入れて八九名中七七名の多数で「建替え方針決議」なる決議を成立させたが、右無記入票及び白紙委任状を除外すると同決議は成立していなかった。右決議は、態度を保留していた神戸市の態度を建替え賛成に決定させたが、これが本件建替え決議の成立に大きな影響を与えた。
(被告管理組合及び建替え参加原告らの主張)
本件建替え決議には、決議無効確認請求原告ら主張のような手続的瑕疵はない。
1 招集手続等の瑕疵がないことについて
本件建替え決議に参加した神戸市(水道局)は、以下のとおり被告組合員である。
(一) 現行の被告管理組合規約に照らせば、被告管理組合は、神戸市(水道局)を除く住戸部分の区分所有者からなる団体ではなく、神戸市(水道局)を含む全ての区分所有者からなる団体であることは明白である。
(二) いわゆる「マンション管理組合」は、区分所有者の団体(区分所有法三条)を現実の組織体としたものであるが、決議無効確認請求原告らが主張するように被告管理組合が住戸部分の区分所有者のみの団体であるとすれば、被告管理組合規約上、住戸部分の区分所有者のみの共有にかかる一部共用部分とそれを管理する一部管理組合(同法三条後段、一一条一項但書)である旨の規定がなければならないが、同規約にはそのような規定はない。また、同規約は、区分所有法六二条の建替えを被告管理組合の総会の必要的決議事項としている(四四条八号)が、右建替えは、必然的に一部共用部分を超えた本件マンション全体の取壊し及び同一目的の新築建物の建築を含むから、一部共用部分の日常的な管理を目的とする一部管理組合の権限にはなり得ない。
(三) 本件マンションの現在の区分所有関係については、昭和五八年の区分所有法改正を考慮した規約変更後の現行の被告管理組合規約が適用される。
現行の同規約において、監事は組合員の中から選任することとされている(三〇条)ところ、神戸市(水道局)は、現在に至るまでずっと監事に選任されてきており、被告管理組合の総会にも毎回出席して監査報告をしている。神戸市(水道局)が、本件建替え決議以前に議決権を行使してこなかったのは、日常的な管理事項に関しては他の組合員の決定するところにゆだねても差し支えないという判断の結果であるにすぎない。なお、本件マンションの当初の管理規約において、専有部分一〇一号室の神戸市(水道局)が管理組合員である旨明記されていた。
(四) 神戸市(水道局)には総会ごとに議案書等が送付されており、組合員として総会における審議結果等が通知されてきた。
また、神戸市(水道局)は、修繕積立金については、「積立金」が予算化できないという自治体会計の特殊性から支払っていないが、管理費については、被告管理組合理事長からの請求に基づき支払ってきている。
2 団体意思の形成過程における不公正な行為の介在がないことについて
(一) 被告管理組合は、阪神・淡路大震災の直後から本件建替え決議に至るまで、相当長期間にわたって、本件マンションの復興問題の解決・処理のために、極めて綿密かつ周到に、様々な情報を各区分所有者に提供し、多数回の理事会、集会及び総会を開催し、公開の場で意見を出し合い、検討を重ねてきた。したがって、本件建替え決議の内容や手続過程が不公正であるというような事情は一切窺われないばかりか、かえって、その当時の被災マンションをめぐる極めて困難な状況を考慮すれば、本件建替え決議は、正に理想的といってよいほど、公正・中立な立場に基づき、極めて民主的なプロセスを経て本件マンションの復興を解決・処理したものと評価することができる。
(二)(1) 決議無効確認請求原告らは、被告管理組合はコンサルタントが建替えの方向だけで活動しているのを放置して本件建替え決議に至らせたと主張するが、多数の区分所有者からなるマンションの団体意思の形成過程にあっては、程度の差はあれ、多数の獲得を目的とした一定程度の「政治的」色彩を帯びた行動が見られることは不可避である。したがって、一定の案件を議案として総会に上程しようとする理事らが議案が可決されるための勧誘をすることも、違法でも不当でもない。
(2) また、決議無効確認請求原告らが問題にする「建替え方針決議」についていえば、被災マンションの復興過程においては、直ちに区分所有法の規定する復旧の決議(六一条一項文は五項)又は建替えの決議(六二条一項)をするのではなく、まず復興の方針を補修と建替えのいずれにするかを決定し(実務上、「復興方針決議」と呼ばれる。但し、その時点で復旧・建替えのいずれかが決定されるわけではなく、方向性が承認されるに止まる。)、選択された方針に従って、復旧又は建替えのいずれかの議案が整備・策定されていくのが通常である。本件マンションも、このような実務上の通常の過程を経たものにすぎない。
五 争点5(区分所有法六三条四項に基づく売渡し請求権の行使における本件マンションの各区分所有権及び敷地利用権の「時価」)について
(建替え参加者原告らの主張)
本件マンションは、建替え決議が行われていること、被災している上に建築後約二九年を経過し、物理的、機能的、経済的減価が著しいこと等からすると、本件敷地との適応性に欠け、建物としての市場性はほとんどないものということができ、敷地の最有効使用の観点から建物を取り壊すことが妥当であると判断される。
そして、敷地の最有効使用に基づく価格である更地としての価格に、建物の解体による発生材料の価格を加え、取壊しや除去運搬等に必要な経費を控除したものが、本件マンションの区分所有権及び敷地利用権の「時価」というべきである。なお、本件マンションでは、被災による損傷の程度が大きく、快適性、収益性、機能性のいずれについても、各階層別や同一階層内の位置別での効用差は認められない。
そこで、本件敷地の更地価格一〇億四〇〇〇万円(一平方メートル当たり五七万円)から取壊しや除去運搬等に必要な経費約一億九〇〇〇万円を控除した八億五〇〇〇万円に各区分所有権にかかる敷地権の共有持分割合〇・〇〇四四四四を乗じると(なお、建物の解体による発生材料の価格は零と判断される。)、別紙物件目録1ないし10の各物件の「時価」は、いずれも三七八万円となる。
(決議無効確認請求原告らの主張)
1 区分所有法の条文からみて、売渡し請求における「時価」は、区分所有権(共用部分の共有持分権を含む。)の価格、敷地利用権の価格、従来の生活環境が損なわれることに対する損失補償、開発利益の合計額と解すべきである。
2 建替え参加原告らは、鑑定評価書に依拠して、本件マンションの区分所有権及び敷地利用権の「時価」を三七八万円と主張しているが、右鑑定評価書における鑑定は、建物区分所有権を取壊しや除去運搬等に必要な経費の分だけマイナス評価している点、神戸市(水道局)と住戸九〇戸が各有する建物専有面積の割合(三〇・一九%対六九・八一%)と敷地権の割合(六〇%対三九・九九六%。その外に公社が〇・〇〇四%)とが一致しておらず、住戸九〇戸は敷地権の割合(三九・九九六%)の一・七四五倍(六九・八一%)の建物専有面積割合を有しているのに、敷利用権の価値を敷地権の割合だけで評価している点、階層別及び同一層内の位置別の評価をしていない点で問題があり、算定された金額は低きに過ぎ、区分所有法六三条四項の「時価」ということはできない。
六 争点6(区分所有法六二条一項及び六三条四項は、憲法二九条に違反するか)について
(無効確認請求原告らの主張)
区分所有法六二条一項及び六三条四項は、以下のとおり、憲法二九条に違反する。
1 区分所有法六二条一項及び六三条四項は、建物区分所有権及び敷地利用権を権利者の意に反して失わせ得るというものであり、私有財産制を保障した憲法二九条の下では、いわば例外規定である。しかるに、同法六二条一項の議決要件の規定は甚だしく明確性を欠くし、また、同法六三条四項の対価の規定の法意が、建替え決議が行われたことを前提として、建物は廃材価格で評価し、全体としては更地価格から取壊費用を控除したもので評価するというものであるなら、それは不合理である。このように、不明確な要件の下に不合理な対価で私有財産権を制限することになる建替え決議及びこれに伴う売渡し請求の制度は、憲法二九条に違反する。
2 また、右各規定が定められた昭和五八年の区分所有法の改正(昭和五九年一月一日施行)より前に区分所有権を取得した者である決議無効確認請求原告ら(但し、金森晴美及び吉田賢太郎を除く。)に対しても、右各規定が遡及して適用される(改正附則二条)という点でも違憲である。
(被告管理組合及び建替え参加原告らの主張)
区分所有法六二条一項及び六三条四項は、以下のとおり、憲法二九条に違反しない。
1 そもそも、右各規定は、特殊な共同的所有権ともいうべき区分所有権という財産権の性質に内在する制約であると解されるから、この点で既に合憲であるということができる。
2 議決要件の明確性の点についていえば、区分所有法六二条一項の規定中の「老朽」や「費用の過分性」の意義・内容は学説・判例上次第に明らかにされてきており、前記三において主張したとおり、適切な文理解釈等を施すことによって解釈論上確定することができないわけではない。したがって、法文の文言上、多少不明確な面があるということをもって、右六二条一項の規定が「漠然性のゆえに無効」となるような違憲立法であるなどとは到底いえない。
対価の規定の合理性についていえば、区分所有関係における区分所有権、共有部分・敷地の(準)共有持分権は、集合住宅であるという特殊性から、一般的な所有権以上に大きな内在的制約が認められるものであり、多数決による建替えは、財産処分の場面における内在的制約の端的な現われ(顕在化)というべき法現象なのであって、要件を具備した多数決決議により、その意に反してこれらの諸権利を喪失する場合のあり得ることが、法制度上、当然の前提とされているものと解するのが相当である。売渡し請求における対価の規定は、区分所有関係の特殊性についての正しい理解に基づく極めて合理的な制度であるとさえいえるのであって、建替えに賛成しない者に対し、区分所有権及び敷地利用権の時価に相当する代金額の支払いに加えて「損失補償」もしなければならないというような心要性は見出し難い。
3 昭和五八年改正後の現行法の遡及適用についていえば、民事法の改正においては、一般に、既存の事実関係に対しても、旧法の規定により既に当事者間の権利義務関係が具体的に定まっている場合を除いては、より合理的であるべき新法の規定を適用するのが妥当であり、かつ法律関係を簡明ならしめることから、遡及適用を原則と定める例が多く、区分所有法の改正附則二条も、その例によったものであり、何ら違憲ではない。
第四 当裁判所の判断
一 前記第二の一の前提となる事実、《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。
1 本件マンションの状況
(一) 本件マンションは、神戸市兵庫区の市街地で、神戸電鉄湊川駅の北西約四五〇メートル、神戸市営地下鉄湊川公園駅の北西約五〇〇メートルに位置し、その敷地(本件敷地)は、北東側が幅員約二〇メートルの準幹線道路(市道)に面しており、店舗・事務所と共同住宅が建ち並ぶ住宅商業施設混合地域で、都市計画法上の近隣商業地域、防火地域に指定されている。
本件マンションは、昭和四三年一一月二〇日に本件敷地上に建築された鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根一四階建(地上一三階地下一階建)、建築面積八〇六・六一平方メートル、延床面積八〇〇七・一七平方メートルの建物であり、一階から三階まで(地階から二階まで)は、神戸市が区分所有し、水道局の事務所等として使用してきたものであり、四階(三階)以上は住戸として区分所有され、総住戸数は九〇戸である。
本件マンションは、上方から見てL字型であり、一階から三階まで(地階から二階まで)は一体のものとなっているが、四階(三階)以上は、南北に長いブロックと東西に長いブロックに分離しており、両ブロックがエキスパンション・ジョイントで接合されている。
(二) 平成七年一月一七日、阪神・淡路大震災により本件マンションは被災し、損傷を受けた。
2 本件建替え決議当時の本件マンションの住戸の登記簿上の区分所有者
本件建替え決議当時、登記簿上、一人で一住戸を所有する者の外、以下のとおり、一人で複数戸を所有する者(井上暉彦が四〇三号、七〇三号及び一〇〇三号の三戸、陶英明が八〇九号及び一〇〇五号の二戸)、及び数名共有で一戸を所有する者がいた。

@  三〇二号 持分二分の一 野山政夫
(決議無効確認請求原告)
持分二分の一 野山静子
(決議無効確認請求原告)
A  三〇九号 持分二分の一 野原ちくゑ
持分四分の一 野原由勝
持分四分の一 野原弘康
B  四〇一号    下村信夫
C  四〇三号    井上暉彦
D  四〇四号 持分五分の三 下村信夫
持分五分の二 下村すみ子
E  六〇一号 持分三分の二 岡茂
持分三分の一 岡輝美
F  六〇四号 持分二分の一 粟井良雄
持分二分の一 浅井誠子
G  七〇三号        井上暉彦
H  七〇四号 持分三分の二 廣野貢
持分三分の一 廣野純子
I  八〇九号        陶英明
(建替え参加原告)
J 一〇〇三号    井上暉彦
K 一〇〇四号 持分五分の四 山本博司
持分五分の一 山本典子
L 一〇〇五号        陶英明
(建替え参加原告)
M 一一〇六号 持分二分の一 郡恭一
(建替え参加原告)
持分二分の一 郡恭一
(建替え参加原告)
N 一二〇二号 持分九分の三 松井敏子
持分九分の二 原美智子
持分九分の二 松井裕行
持分九分の二 松井一吉
3 本件建替え決議に至る経緯
被告管理組合の筏理事長(当時)は、平成九年九月三日付で、以下のとおりの記載を含む「臨時総会開催のお知らせ」により、各被告組合員(区分所有者)に対し、被告管理組合の臨時総会を開催する旨を通知した。
なお、その際、筏理事長は、「東山コーポ管理組合臨時総会議案書」も併せて送付した。

日時 平成九年九月一四日(日)
午後一時〜午後五時
場所 東山コーポ集会所
議案 第一号議案 建替え決議に関する件
(議案の要領については、別添の臨時総会議案書をご覧下さい)
第二号議案 建替え決議が成立しない場合の今後の進め方に関する件
4 本件建替え決議
(一) 平成九年九月一四日午後一時四〇分から午後四時五五分までの間、本件マンション一階の東山コーポ集会所において、被告管理組合の臨時総会が開催された。
(二) 臨時総会の当初(午後一時三五分時点)の住戸所有者の出席状況は、本人出席四四名、代理人出席一八名であり、議決権行使書が二四通提出され(欠席四名)、神戸市(水道局)の職員一名も出席し、他の職員四名及びコンサルタント(アルパックの社員)四名も同席していた。
議長に就いた筏理事長は、第一号議案について簡単に説明を行った後、理事会では神戸市(水道局)の議決権行使を認めることとした旨説明した上、出席者の質疑応答を経て、挙手によりその決を採り、圧倒的多数の賛成により神戸市の議決権を認めることにして、議事を進行した。筏理事長(議長)の依頼により、コンサルタントから、第一号議案について前記「東山コーポ管理組合臨時総会議案書」に基づき詳細な説明があり、決議無効確認請求原告野山政夫、同三浦弘志らによる質疑及びこれに対する応答を経て、同日午後三時二〇分、第一号議案についての投票に入った。
(三) 投票は、本人四三名、代理人一九名、議決権行使書二七名(神戸市〔水道局〕を含む。)により行われ(棄権〔欠席〕二名を含めて合計九一名)、その開票の結果は、第一号議案の賛成七三票(神戸市〔水道局〕一票を含む。)、反対一六票であった(棄権二名)。投票及び開票の結果の詳細は、別紙「第1号議案(建替決議)議決結果」記載のとおりである。
右決議の際、議決権は、神戸市が一票、各住戸がそれぞれ一票の合計九一票として扱われた(被告管理組合規約四二条一項は、区分所有法三八条にいう「別段の定め」として、「組合員は、その所有する住戸一戸につき各一個の議決権を有する。」と定めている。)。そのため、井上暉彦は、四〇三号、七〇三号及び一〇〇三号の三戸分、合計三票の議決権を有するものとして、陶英明は、八〇九号及び一〇〇五号の二戸分、合計二票の議決権を有するものとして扱われ、いずれも賛成票を投じた。
なお、決議無効確認請求原告らは、いずれも第一号議案に反対の投票をし、建替え参加原告らのうちの松島昭太郎及び渡部忠も、反対の投票をした。
(四) 筏理事長(議長)は、右開票後、九一票中七三票の賛成により第一号議案すなわち本件建替え決議が可決成立した旨を宣言した。同人の指示により、コンサルタントから、その後のスケジュールとして、本件建替え決議に反対の投票をした区分所有者及び棄権(欠席)をした区分所有者の合計一八名に対し、建替えに参加するか否かの催告をし、建替えに参加しない区分所有者に対して区分所有権等の売渡し請求をすることなどが必要になる旨の説明があり、決議無効確認請求原告三浦弘志らによる質疑及びこれに対する応答等を経た後、午後四時五五分、臨時総合は閉会となった。
二 右一認定の事実に基づき、以下、争点について順次判断する。
1 被告管理組合は、本件建替え決議無効確認の訴えには確認の利益がない旨主張する(争点1)ので、まず、この点について判断する。
(一) 「確認の訴におけるいわゆる確認の利益は、判決をもって法律関係の存否を確定することが、その法律関係に関する法律上の紛争を解決し、当事者の法律上の地位の不安、危険を除去するために必要かつ適切である場合に認められる。このような法律関係の存否の確定は、右の目的のために最も直接的かつ効果的になされることを要し、通常は、紛争の直接の対象である現在の法律関係について個別にその確認を求めるのが適当であるとともに、それをもって足り、その前提となる法律関係、とくに過去の法律関係に遡ってその存否の確認を求めることは、その利益を欠くものと解される。しかし、ある基本的な法律関係から生じた法律効果につき現在法律上の紛争が存在し、現在の権利または法律関係の個別的な確定が必ずしも紛争の抜本的解決をもたらさず、かえって、これらの権利または法律関係の基本となる法律関係を確定することが、紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要と認められる場合においては、右の基本的な法律関係の存否の確認を求める訴も、それが現在の法律関係であるか過去のそれであるかを問わず、確認の利益があるものと認めて、これを許容すべきものと解するのが相当である。
ところで、法人の意思決定機関である会議体の決議は、法人の対内および対外関係における諸般の法律関係の基礎をなすものであるから、その決議の効力に関する疑義が前提となって、右決議から派生した各種の法律関係につき現在紛争が存在するときに、決議自体の効力を既判力をもって確定することが、紛争の解決のために最も有効適切な手段である場合がありうることは、否定しえないところと解される。」(最高裁判所第一小法廷昭和四七年一一月九日判決・民集二六巻九号一五一三頁)。
(二) 被告管理組合は、法人ではなく、権利能力なき社団ではあるが、その集会の決議は、被告管理組合の対内及び対外関係における諸般の法律関係の基礎をなすものであり、建替え決議が可決されると、建替えに参加しない区分所有者に対するその区分所有権及び敷地利用権の売渡し請求が予定されている(区分所有法六三条四項)から、右(一)説示の法人の場合と同様に解するのが相当というべきである。
そして、仮に、建替え決議に賛成した管理組合員等が当該建替えに参加しない複数の管理組合員に対して、右売渡し請求に基づき所有権移転登記手続等を求める給付訴訟を提起する場合、個々の訴訟が第一審から上級審を通じて併合審理されるという保障はないから、その前提問題である建替え決議の効力について各別の裁判所において重複審理されるという訴訟経済に反する事態になるだけでなく、各判決の効力は訴訟当事者(区分所有者)ごとに区々に生ずることから、建替え決議の効力について判断が矛盾するという事態も生じかねない。したがって、右のような個別的な紛争解決を図る給付訴訟よりは、その基礎となっている建替え決議それ自体の効力の有無を既判力をもって確定する判決による方が紛争の解決にとって抜本的であり、最も有効・適切ということができる。右建替え決議それ自体の効力の有無を確定することを求める訴訟については、商法二五二条を準用する規定は区分所有法に存しないが、その性質の類似性から同条が類推適用されると解するのが相当である。
(三) したがって、本件のような建替え決議無効確認の訴えには、確認の利益があるというべきであって、被告管理組合の主張は理由がない。
2 無効確認請求原告らは、本件建替え決議は「区分所有者の五分の四以上の多数」という要件を充たさない旨主張する(争点2)ので、次に、この点について判断する。
(一) 区分所有者の人数の数え方について、まず、一つの専有部分を数人で共有する場合、区分所有法四〇条の規定の趣旨に照らし、右共有者数人で一人と計算すべきものと解される。
  また、一人の区分所有者が複数の専有部分を所有している場合も、区分所有者としての定数は全部で一人と計算するのが相当である。なぜなら、区分所有法が、建替え決議(六二条一項)に限らず、その他の特別決議(三一条一項、六一条五項)、普通決議(三九条一項)について、決議の成立要件として、議決権の五分の四以上若しくは四分の三以上の多数又は過半数と併せて、区分所有者の五分の四以上若しくは四分の三以上の多数又は過半数を必要としているのは、建物の区分所有関係における意思決定には、財産権としての面から各区分所有者の有する区分所有権の大きさ、すなわち持分(専有部分の床面積の割合)による多数の意見を反映させなければならない(これは議決権によって反映される。三八条、一四条)と同時に、一つの管理共同体としての面からその構成員である区分所有者の数による多数の意見も反映させなければならないとの考慮に基づくものと考えられるからである。
  (二) 次に、議案の採決に当たり誰を区分所有法六二条一項等にいう「区分所有者」として扱うか(具体的には、管理組合が誰に、集会招集通知を発し、議決権の行使をさせるか)を決する基準として、登記簿上の記載によるのか、それとも実質的な権利関係によるのかであるが、仮に実質的な権利関係で決するとすると、実質的な権利関係は第三者が容易に知りえないことがあるため、管理組合に過度の負担を強いる可能性がある上、採決後に、採決に参加した特定の者が実は真実の区分所有者ではなかったと主張すること(本件がまさにそうである。)が許され、ときに採決の結果(議案が可決されたにしろ、否決されたにしろ)が覆えされることになり、法的安定性が損なわれるおそれが大きい。したがって、誰が右六二条一項等にいう「区分所有者」であるかを決する基準としては、画一的で明確性のある登記簿上の記載によるとするのが相当というべきである。
この点、被告管理組合及び建替え参加原告らは、区分所有法六二条一項の「区分所有者の五分の四以上の多数」にいう「区分所有者」について、例外として、ある区分所有者が登記簿上複数の専有部分を有している場合であっても、当該複数の専有部分のうちの一部を、真実あるいは実質的に他の者(実質的区分所有者)が所有し、かつ、登記簿上の区分所有者の議決権の行使について実質的区分所有者もこれを同意・了承しているときは、区分所有者の定数の計算において、登記簿上の区分所有者一名だけではなく、実質的区分所有者の数も定数に入れるべきであると主張するが、右主張は、要するに、登記簿上の記載ではなく、実質的な権利関係によって決すべきである旨の主張に帰するから、右に説示したところにより、採用することができない。
(三) 前記一2認定の事実によれば、登記簿上、井上暉彦は本件マンションの住戸のうち四〇三号、七〇三号及び一〇〇三号の合計三戸、陶英明は同じく八〇九号及び一〇〇五号の合計二戸をそれぞれ所有していたのであるから、右二名については、「区分所有者」としては各一人として計算されることになる。その結果、住戸の区分所有者数は、合計八七名となる(神戸市〔水道局〕を含めると、八八名となる。)。
しかるに、前記一4(三)認定の事実によれば、第一号議案すなわち本件立替え決議にかかる議案について、賛成七三票(神戸市〔水道局〕を含む。)、反対一六票であり(棄権二名)、議決権は、神戸市が一票、各住戸がそれぞれ一票の合計九一票として扱われたため、井上暉彦は三票の議決権を有するものとして、陶英明は二票の議決権を有するものとして扱われ、両名とも賛成票を投じた、というのである。神戸市(水道局)の議決権を、その専有部分の床面積の割合にかかわらず、一票として計算することが正当であるとして、賛成票は九一分の七三であって、議決権の五分の四以上という要件は充足するものの、区分所有者という点では、右井上暉彦、陶英明のいずれも前示のとおり各一人として計算すべきものであるから、全区分所有者数、賛成者数は、正しくはそれぞれ三を減じた八八人、七〇人となる(本件建替え決議をした集会においては、議決権の五分の四以上の多数という要件と区分所有者の五分の四以上の多数という要件が区別して認識されていなかったことが窺われる。)。
  したがって、賛成者は八八分の七〇であって、区分所有法六二条一項にいう「区分所有者の五分の四以上の多数」に達しないことが明らかであるから、本件建替え決議は同条項の規定する議決要件を欠く無効な決議であるというほかない(なお、本件では、神戸市〔水道局〕が被告組合員であるか否かについて争いがあるが、仮に神戸市が被告組合員でないとすると、全区分所有者数は八七人、賛成者数は六九人となるから、賛成者はやはり「区分所有者の五分の四以上の多数」に達しないことになり、結論に影響しない。)。
なお、被告管理組合及び建替え参加原告らは、決議無効確認請求原告らは本件訴訟の当初、区分所有法六二条の「区分所有者の五分の四以上の多数」の要件の充足を問題にしたことはなく、従前この点を争うことは全くなかったのであるから、右議決要件を充足しない旨主張することは禁反言の原則の趣旨に反し、信義則上許されない旨主張する。確かに、決議無効確認請求原告らが明確に右議決要件を欠くと主張するに至ったのは、当裁判所がいったん終結した口頭弁論の再開を命じた上で、この点について被告管理組合及び建替え参加原告らに釈明を求めた後のことではあるが、被告管理組合及び建替え参加原告らは、本件訴訟の当初から右「区分所有者の五分の四以上の多数」という要件は充足していることを争わない旨を明確に述べていたわけではないし、そもそも、右議決要件の「区分所有者」をいかに解するかは法律解釈の問題であって、直ちに信義則が適用される場面であるとはいい難いから、右主張は理由がない。
したがって、本件建替え決議の無効確認を求める決議無効確認請求原告らの第一事件及び第二事件の各請求は、争点6(区分所有法六二条一項〔及び六三条〕は、憲法二九条に違反するか)を含め、その余の争点について判断するまでもなく、理由のあることが明らかである。
3 そして、区分所有法六三条四項が規定する売渡し請求をする前提として、有効な建替え決議のあったことが必要であることは明らかであるから、建替え参加原告らの決議無効確認請求原告らに対する売渡し請求に基づく第三事件の請求は、いずれも理由がないことになる。
三 よって、決議無効確認請求原告らの第一事件及び第二事件の各請求をいずれも認容し、建替え参加原告らの第三事件の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 水野 武 裁判官 中村哲 今井輝幸)
別紙 当事者目録一
第一事件原告・第三事件被告  金森晴美
〈ほか八名〉
第二事件原告・第三事件被告  野山政夫
〈ほか一名〉
右一一名訴訟代理人弁護士二
吉水三治
第一及び第二事件被告
東山コーポ管理組合
右代表者理事長
井上博子
第三事件原告
松島昭太郎
〈ほか五名〉
右七名訴訟代理人弁護士
乗鞍良彦
同    戎正晴
同  太田尚成
別紙 不動産目録《略》
別紙 物件目録《略》
別紙 担保権目録《略》
別紙 売渡し請求一覧表《略》